10月の話題 3

教材を読む その3

米澤德一先生の感想文 第87回国語教壇修養会(昭59.1兵庫県市島町立竹田小)の筆録より

    「ことばと文化」 教材とその取扱いについて
                               
○ 教材をもらって、直ちに一読。毛筆で一回書写。極めて悪文という印象を受けましたが、その気持ちを抑えて、三回書写。
 具体的に納得のいかないことが残りました。「にじ」の色に関する点、「きょうだい」と「おじ、おな」の呼称の生まれる由来に関する点でした。これは考えて分かるということではありません。調べてみるより手がないので、むきになって納得がいくまで調べました。事典、書物等5、6冊に及びました。
○ 何にしても、教材が自分に納得できなければどうにもなりません。自分が分かることが先決です。更に、それを子どもたちの上にのせて分からせることはもっと大問題です。待ったなし、出たとこ勝負という、ほんとうの意味での真剣勝負ですから、ちょっとやそっとのことではありません。
○ 取扱いの実際に当たっては、6年生に分かる程度で自分たちに密接することで、具体的なことがらだけを取り上げました。他は全部捨てました。
 毛筆による書写は四回目を旧臘中に終え、文章全体を好悪を抜きにして納得することができ、扱うファイトが漸く湧くのを覚えました。新年になってから、五回目を書き初めにしました。気持ちの整理がつき、案が固まりました。
 徹底して、あの文章の特異性を追求し、それに即して、あの文を題目一つに単純化して握りつめ、そこからほぐしていったわけでした。ほぐしていったということは再構成していったということになりましょう。

徹底した読みと調査研究に大変な迫力を感じます。当時現場でこの授業を拝見して、「これぞ説明文の単純化・具体化の極地」と驚嘆しました。渾身の教材研究があってのことと、今さらながら思い知らされております。
       岩手 Masa.K