7月の話題 3

もう本を読むなんて、絶対無理でしょ。        

 私たちは、「文章の心を読むこと」を目指して授業します。
 俵万智さんの『生きる言葉』新潮新書を読んでいて面白いことに気づきました。
 それは、「生活に落とす」という教えです。

 入院中の父親の大事にしていた囲碁の本を、母親が大量に捨ててしまったときの母娘の顛末の一部を抜き書きします。(おわりに…p228~230より)

 歌人なんて呼ばれながら私自身も日々、言葉に迷い、しくじりながら生きている。
……略……
 「もう本を読むなんて、絶対無理でしょ」という言葉には、いろいろな心が貼りついている。額面通りに受け取って腹を立てるか、背景を感じ取って労わるかで、人と人との関係は変化してゆく。そういうことの積み重ねが、日々の暮らしなのだ。なかなか、うまくいかないのが現実だけれど。落ち込む私を、息子は慰めてくれた。
「オレは距離があるから、客観的に見られるだけ。エライのは、実際そばにいるオカンだよ」
 なんちゅうできた息子!……略……近くにいすぎると視野が狭くなる。疲れがたまると心も狭くなる。言葉は、受けとめる側のコンディションにも左右されるのだ。
 息子の言葉は今でも支えになっているが、ちなみに、もしこれ、私が言ったとしたらどうだろう。
「オマエは距離があるから、客観的に見られるだけ。エライのは、実際そばにいる私だよ」
 台無しである。同じことなのに。労わる は原文のまま)

 生活に落とすという教えは、日ごろの言葉のつかい方を考えることではないかと、この話から気づきました。
        東京 T.K