芦田先生の「小学国語読本と教壇 巻二」より その5
修行の態度
何といっても、教育の修行は、教壇の上でなければだめだ。
芦田恵之助全集第15巻 P.520
私はこの頃、私の身近に集う同志に、「足の裏で踏んでおるところだけはたしかだぞ」といましめている。
芦田恵之助全集第15巻 P.524
「11月の話題」提供を終えて
芦田先生の文章を読むと、いずみ会で教えて頂いたことが次々に見えてきてうれしくなる。いずみ会の師、鈴木佑治先生が「国語科指導の単純形態」の表に整理して下さった背景には、こういうことがあったのかと、少し分かった気になる。
逆に、いずみ会で学ぶことなしに、芦田先生の著作に触れた場合、どれほど理解できたであろうか。
いま、各地の小学校で、芦田教式による国語教壇を踏ませて頂いているのは、いずみ会があったればこそと実感している。
最近の学校現場では、教師が「教材を自分の力で読み、立案する」ことなく授業が進められ、「活動あって学びなし」の国語授業に陥っているのではないだろうか。
足の裏で踏む教壇よりも、頭(理論)重視で進められる形式的な授業に、重大な懸念を持っている。
岩手 Masa.K

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