1月の話題 5

内 に 慙 づ(うちにはづ)

 唐代の書論「書譜(しょふ)」(孫過庭)に、中国の書聖・王羲之(おうぎし)とその息子・王献之の逸話があります。
 王羲之が都に行く時、壁に書を記した。それを子の献之(敬)が消して、自分で書きかえ、悪くない字だと思った。ところが、王羲之が帰ってきて、「私はこれを書いた時、大変酔っていたのだなあ。」と嘆いた。それを聞いて子敬は恥ずかしく思った。
「敬之内慙・けいすなわち、うちにはづ」
 
 私の書の師(森須園)は、芦田先生の弟子林光博校長の下で勤められ、教式についても学ばれました。現在99歳ですが、現役の書家として、後進の指導のみならず、作家として海外の展覧会に出品する等、精力的に活動し、「内に慙づ」は、先生が大切にしておられる言葉です。
 今から36年前、私の作品の中に当時3歳の息子が見よう見まねで書いた字が紛れていました。先生はこれを見るなり、
「負けた。私は夕べ良い作品を書いたと思っていたが、これにはかなわない。まだまだだなあ。」
と、言われました。私は、びっくり仰天しました。書家として、押しも押されもされない先生が、3歳の子どもの前に頭を下げられたのです。
 時が経つほど、この出来事は私の心に深く根を下ろしました。本物の道を求めて歩くとは……。
 教式の道も、ここに通じていると思います。
     島根 M.N