…… 小学校の国語の授業を考える ……
「筆録(教壇記録)の意義」について(「恵雨読方教壇」昭和12年発刊を読んで)
先師 芦田恵之助先生は、青山廣志氏(先生のご教壇を速記で記録)による詳細な教壇記録が多数あることを踏まえて、次のように述べておられます。
「私ほど精密な教壇記録を、私ほど数多く持っている者が我が国にあるでしょうか。…中略…私はそれを詳しく点検して、当時私の不用意から生じた破綻をまで明らかに認識し、今の境涯だったら、ここはこうして手際にさばいて行くものをなど、我を鞭うってくれます。私はその強い力がその記録から湧いてくるのを覚えます。」
その上で「恵雨読方教壇」では、詳細な教壇記録を掲載し、ご自分の教壇を厳しく振り返っておられます。授業の名人と言われた芦田先生ですが、その姿勢は最後まで変わることなく、努力を積み重ねられました。
また、教壇記録について、次のようにも述べておられます。
「今は謄写版と共に教壇記録の技術が進み、全国各地の恵雨会員等が、或いはその道の人を指導し、或いは自ら工夫する所によって、教壇記録の作製に苦心しております。この動きが年と共に必ず発達進歩しないではおかないだろうし、いよいよ発達を遂げてきたら教壇事実を根底とする精密なる研究が漸次台頭してくることと思います。」
いずみ会では、国語教壇修養会を開催する度に、筆録(教壇記録)を作成しております。その背景には、芦田恵之助先生の上述のような強い願いがあったことを初めて知りました。これまでも、筆録は立案への示唆を与えてくれる貴重な記録であると実感しておりましたが、今般「恵雨読方教壇」を拝読し、「教壇事実を根底とする精密なる研究」を進める覚悟を持たねばならぬと思い知りました。
宮城いずみ会 会員 M .K