11月の話題 4

芦田恵之助先生の「教壇行脚」より その

昭和9年 4月23日、24日 宮城県石巻市  鈴木清吉氏 ー

 鈴木氏は石巻市仲町の海産物問屋の主人である。年齢は40を2つも3つも越えたか。これからが男の働きざかりという所。私が二日続いて取扱った尋五「五代の苦心」の二日目を、しんみりと見て下さって、「毎朝家庭に於いて読誦すべき文字ですね」と感嘆せられた。氏の話によると、「祖父は銚子の川口に於いて遭難した。その記録などを見ても、私は涙より先に森厳な気にうたれる。父も海産物業に従事し、私はその三代目だ。来月15日石巻を出て、海上生活4箇月8月には帰って来る。海上に生きる者の子孫は、海上に生きる道を講じなければならぬ」と言々句々第一義である。三代の鈴木さんなればこそ、五代の苦心が強く響くのだと思った。私はここにも自己を読む真義をまざまざと見た。
 伊藤校長が横から、「芦田先生の御授業についての御感想は如何ですか」ときくと、「順序の整然としていますので、私どもまで提げて行かれました。常に拝見する受持先生の御教壇は、御熱心のあまり反復なさることが多うございまして、却って子供にはわかるまいと思うところがあります。芦田先生はさすがに老練でいらっしゃいます」と、言下にいってのけられた。私はただだまって聞いていて、「これが素人だろうか。これ以上の透徹した批評があるだろうか」とただ頭が下がった。行脚9年、これほど要を得た批評をきいたことがない。道の友はどの社会にもあると心強く感じた。

                                 (全集22 P.330より)

 11月最終回は、私(Masa)が今年4月まで約50年暮らした石巻の話題を取り上げた。
 私の授業も、録音を聞くとくり返しが多くて嫌になる。「老」にはなったが「老練」になれないのは、若い時からの修行が足りないからだ。だからこそ、今、修行が必要なのである。
        岩手 Masa.K