1月の話題 4

倉 員 先 生 を 偲 ん で

 芦田先生の孫としての矜持を持ち、いずみ会の屋台骨として、会のために一生を捧げられたといっても過言ではありません。1月26日が1周忌になります。
 先生はチャキチャキの江戸っ子という感じで、何事にも歯切れの良い方でした。歌舞伎をこよなく愛され、「〇〇屋」と声をかける免許を持っておられたと聞いています。また、数々の名言を残されました。
  尊いところを一つお話し下さい。(自己紹介の折等に)
 ○ 生活即教壇(壇に立たなくても、実践はできる)

 私が42歳で初教壇をいただいたのは、倉員先生のおかげす。修養会に通い続けて18年目でした。「あなたはずっと通って来たね。」の一言。見ておられたのですね。登壇の前日、空き教室を借りる手配をして、板書と鞭を見てくださいました。細やかな気配りを大変ありがたく思いました。
 大阪・吉田俊一先生から案内をいただいた研究会で、倉員先生が作文の授業をなさることを知り、守口市の学校に出かけました。
 ゆったりとした児童の心の隅々まで届くような語り口大きく温かいものが教室に満ちていきました。児童がじっくりと考え心と向き合う時間でした。その中で、
自分を大切にすることが大切。自分を大切にする人は、友だちを大切にできるのよ。
の一言が、私の心にズシンと響きました。児童の作文を通して、生き方に関わる大切なことを教えてくださいました。
 今は、ただ、ただ、懐かしいです。
     島根 M.N
* 吉田俊一先生は、守口市立橋波小学校長や大阪恵雨会の会長もされました。また、大阪で「いずみ会国語教壇修養会」ができるように縁も結んでくださいました。