芦田恵之助先生の「サクラ読本」の御教壇
(宮沢小学校での講話 その2)
芦田先生が1年生でサクラ読本を取り扱った教壇記録が、「同志同行」という雑誌の第4巻第一号(昭和10年発行)の中に載っている。私たちの仲間が記録して残している。
【教壇記録より】授業は昭和8年4月6日に兵庫県の私立甲南小学校で実施された。
「サイタ サイタ / サクラ ガ / サイタ」
「コイ コイ / シロ / コイ」
「ススメ ススメ / ヘイタイ / ススメ」
各文を三声に、三回読みました。児童は大部分読本を見まもりながら聴きとれていました。
(中略)
「サクラはどこにありますか。」
児童は黙って、私の後ろにある掛花いけの彼岸桜を指しています。
「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ ですね。」と言って、「この外にはありませんか。」と聞くと、児童はまた無言のまま、窓の外の桜の木を指しました。私はまだ蕾のかたいその桜の木を見て、
「これは『さいた さいた』ですか。」
「いいえ。」
この否定の声は、初めて児童らしく大きくなりました。私は直ぐに
「これはまだ さかん さかん ですね。」
と言いますと、左側の後方に声あり、極めて低いのですが、
「さかん さかん さくらが さかん。」
私はこれを聞くや、直ちに鸚鵡返しに、
「さかん さかん さくらが さかん。」
と大きな声で言いました。児童はどっと笑いました。教室内は一段と和やかになりました。
この時、私の心にひらめいたのは、
咲かん、咲かん、桜が咲かん。
咲くよ、咲くよ、桜が咲くよ。
咲いた、咲いた、桜が咲いた。
散るよ、散るよ、桜が散るよ。
散った、散った、桜が散った。
以上の五つの文でした。一歩踏み込んで取り扱ってみようかとも思いましたが、その勇気は出ませんでした。
「さ、一緒に読みましょう。大きい声で読んでください。」
児童の声は、力あるはれやかなものになりました。私は嬉しくてたまりませんでした。尋常一学年読方教授の第一時は、たしかに成功したと思うと、泣けそうで困りました。
笠原先生は、御教壇記録を取り上げた後で、「何気ない児童のつぶやきを拾い上げ、教壇の中に取り入れ展開していかれる融通無碍の授業の妙味を味わっていきたいものだ。」と話されたことが心に残っております。
宮城県 T・S
参考文献 芦田猿之助国語教育全集 12
国語教育易行道 76頁~80頁

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