愛について
向田邦子さんの作品に、小学校4年生時の思い出を書いたものがある。クラスに片足の悪い子がありIといった。Iは足だけでなく片目も不自由で、背も飛び抜けて低く、勉強もビリだった。性格もひねくれていて可哀想だとは思いながら、担任の先生も私たちも、ついIを疎んじていたところがあった。
運動会
Iは徒競走に出ても、いつも飛び切りのビリでした。その時も、もう他の子どもたちがゴールに入っているのに、一人だけ残って入っていました。走るというより、片足を引きずって、よろけているといったほうが、適切かもしれません。Iが走るのを止めようとした時、女の先生が飛び出しました。
名前は忘れてしまいましたが、年輩の先生で小言の多い気難しい先生で、担任でもないのに掃除の仕方が悪いと文句を言ったりするので、学校で一番人気のない先生でした。
その先生が、Iと一緒に走り出したのです。先生はゆっくりと走って一緒にゴールに入り、Iを抱きかかえるようにして、校長先生のいるテントに進みました。ゴールに入った生徒はここで、校長先生から鉛筆を1本もらうのです。校長先生は、立ち上がると、体をかがめIに鉛筆を手渡しました。【愛】という字の連想には、この光景も浮かんできます。
今から40年も前の事です。テレビも週刊誌もなく、子どもは愛という、抽象的な単語には無縁な時代でした。
私にとって愛は、温もりです。小さな勇気であり、やむにやまれぬ自然の衝動です。
「神は細部に宿りたもう」という言葉があると聞きましたが、私にとって愛のイメージは、この小さな部分なのです。
* 向田さんは、昭和56年飛行機事故で亡くなられましたので、更に以前の話ですが、教育愛として記してみました。
京都 A.T